コーチングの現場では、クライアントの「気づき」を促し、「目標達成」を加速させるために、さまざまなツールやリソースが活用されています。こうしたツールは、単に情報を整理するための補助具ではなく、クライアント自身が「本当に大切にしたいこと」や「内側から湧き上がる動機」に気づき、それをベースに行動を起こすための重要な役割を担っています。
この記事では、プロのコーチが実際のセッションで使っている代表的なツールや、セルフコーチングにも活用できる実用的なリソースを詳しく紹介します。さらに、ツールごとの特徴や導入のタイミング、活用上のコツも交えながら、現場での効果的な使い方を掘り下げていきます。
コーチングにおけるツールの役割とは?
コーチングは「問いかけ」によって相手の内省を促し、思考の枠組みを広げるアプローチです。しかし、頭の中だけで考えていると、思考が堂々巡りになったり、漠然としたまま整理できなかったりすることがあります。こうした場面で効果を発揮するのが「ツール」です。
コーチングツールは、次のような目的で用いられます:
- 思考の整理と構造化:頭の中で散らかった考えを見える形にし、論理的に整理する。
- 感情や価値観の言語化:自分でも意識していなかった感情や価値観を言葉にすることで、自分の本音に気づける。
- アクションプランの具体化:曖昧な理想や目標を、行動に落とし込むプロセスを支援する。
- セッション後の継続的な振り返り:行動した結果を内省し、次のステップへとつなげる。
- 対話の共通言語として活用:コーチとクライアントの間に共有された「枠組み」を持つことで、対話の質が上がる。
それでは、具体的にどのようなツールがよく使われているのかを見ていきましょう。
よく使われる定番コーチングツール一覧
ホイール・オブ・ライフ(人生の輪)
概要: ホイール・オブ・ライフは、人生のさまざまな分野における満足度を可視化し、現状と理想のギャップを明らかにする自己評価ツールです。分野には、仕事、健康、人間関係、家族、自己成長、趣味、経済、学び、精神性、住環境などがあり、通常は8〜10項目に分類します。
目的:
- 自分の人生全体のバランス感覚を把握する
- 優先順位を明確にし、どこに注力するべきかを見極める
- 満足度の低い分野に対する違和感や不満を明文化する
- 将来に向けての成長や行動の方向性を描くための土台にする
使い方のステップ:
- 自分の人生を構成する重要な領域を8〜10個に分ける
- それぞれの領域について、現在の満足度を0〜10点で自己評価する
- 評価をもとに円グラフを描き、どこが凹んでいるか、バランスが取れているかを確認する
- 点数が低い領域の理由や背景を掘り下げる質問を行い、課題や希望を明確にする
- どの領域にまず注力すべきかを決め、最初の小さなアクションを設計する
活用タイミング:
- 初回セッションのアイスブレイクや現状把握として
- キャリアやライフプラン設計の起点として
- モヤモヤの正体を明らかにしたいとき
- 年末年始や節目での棚卸しや振り返りとして
このツールは視覚的にわかりやすく、初心者でも取り組みやすいため、コーチングの入門用ツールとしてもよく使われます。
SMARTゴール設定シート
概要: SMARTゴールとは、目標を「具体的(Specific)」「測定可能(Measurable)」「達成可能(Achievable)」「現実的(Realistic)」「期限付き(Time-bound)」の5つの観点から設計する手法です。目標設定にありがちな「やりたいけど…」という曖昧な意志を、実行可能で明確なゴールへと変換するために使われます。
利点:
- 目標がブレなくなり、行動の優先順位が明確になる
- 数字や期限が入ることで達成基準が明確になり、自己評価がしやすくなる
- 実現可能な目標に落とし込むことで、挫折を防ぎやすくなる
- 成果を可視化できることで、継続的なモチベーションが維持できる
- 結果だけでなくプロセスも評価できる設計がしやすくなる
活用方法:
- 「やりたいことはあるけれど、どう始めればいいか分からない」という状態のとき
- プロジェクトや習慣の構築に取り組む前段階
- セッションの終盤で「次回までに取り組むこと」を明確にしたいとき
- 進捗が曖昧になっている継続テーマに再度明確な方向づけをしたいとき
SMARTゴールは、特に短期目標や現実的なステップ設計に有効で、「行動に移す力」を強化するためのベース作りとして機能します。
強み診断・価値観ワーク
代表ツール例:
- ストレングスファインダー
- VIA強み診断
- 価値観カードワーク(例:「大切にしている価値観TOP5」を選ぶ)
目的:
- クライアントの本来の資質やモチベーション源を明らかにする
- 「自分らしさ」への気づきを深め、意思決定の軸を整える
- 自己肯定感の向上につなげる
- 仕事や人間関係において「活かせる強み」を明確にする
導入のポイント:
- 診断はあくまで“出発点”として捉え、結果の解釈を対話で深める
- 結果を日常のどんな場面で活用できるかを具体化する
- 「使いすぎている強み」「眠っている強み」の両方に注目する
チャンクダウン・チャンクアップシート
概要: 「チャンクアップ」と「チャンクダウン」は、思考の抽象度を意図的に調整することで、問題の背景や解決策を明確にする思考整理技法です。チャンクアップは「なぜ?」という問いを使い、物事の目的や価値、背景を明らかにするプロセスです。一方、チャンクダウンは「どうやって?」という問いを使い、より具体的なアクション、手段、プロセスへと掘り下げていきます。この技法を使うことで、抽象と具体の往復が生まれ、柔軟な思考の展開が可能になります。
目的と効果:
- 問題の背景や本質に迫ることで、表面的な思考を超えた内省が可能になる
- 問題解決に行き詰まった時に、別の視点からアプローチすることで突破口を見出せる
- 考えが堂々巡りしている状態から抜け出し、明確な方向性を見つけるサポートになる
- 抽象的な理想と、現実的な行動計画との間を橋渡しできる
- クライアントが「なぜそれをしたいのか」「どうやって実現するか」を自己発見できるようになる
使い方の例:
- 「なぜその目標を達成したいのか?(チャンクアップ)」→ 動機や価値観の明確化
- 「それを達成するには何をすればいいか?(チャンクダウン)」→ 行動レベルの具体化
- 「この問題の背景にあるものは何か?(チャンクアップ)」→ 問題の根本要因の探索
- 「最初の一歩としてできることは?(チャンクダウン)」→ 行動の小ステップへの落とし込み
- セッション中に話が抽象的すぎる、あるいは具体性に欠けると感じた時に、意識的に質問のレベルを調整して思考の幅を広げるために活用する
このツールは、ロジカル思考が得意なクライアントにとっても、感覚派のクライアントにとっても有効です。抽象的な思考を膨らませることが得意な方には、具体的なアクションへの橋渡しを促し、逆に行動はできるが目的意識が弱い方には、行動の意義や背景を見つめ直すきっかけになります。
ジャーナリング(内省日記)
概要: ジャーナリングとは、思考や感情を言語化して紙やデジタル媒体に書き出すことで、自分自身を俯瞰し、気づきと学びを得るセルフコーチングの手法です。単なる日記とは異なり、書くことを通じて「なぜその感情が生まれたのか」「自分にとって何が大切なのか」を内省し、思考の整理や未来への選択に役立てるプロセスです。コーチングセッションの合間や、習慣的な自己対話の手段として幅広く用いられています。
メリット:
- 感情を可視化することで、不安やストレスの正体が明確になり、冷静に対処できるようになる
- 書き出すことで思考の癖やパターンに気づき、自己理解が深まる
- 過去の記録を振り返ることで、自分の成長や変化を実感できる
- 行動に対する振り返りを通じて、次の一歩が見えやすくなる
- 感謝やポジティブな視点を持続する習慣づくりにも有効
書き方のヒント:
- 「今日はどんな出来事が印象に残ったか?」
- 「それに対してどんな感情が湧いたか? その理由は?」
- 「今の自分にとって大切にしたい価値観は何か?」
- 「この経験から得た学びや、次に活かせることは?」
- 「今日の気づきをひと言でまとめると?」
- 朝のスタート時に「今日の意図」や「心がけたい姿勢」を書くのもおすすめ
- 書き終えたあと、深呼吸をして内面に静かに問いかけると気づきがさらに深まる
このように、ジャーナリングは誰でもすぐに始められる実践的な自己対話ツールでありながら、その効果は深く継続的な内省へとつながります。習慣化することで、自分との信頼関係を築く感覚も得られるでしょう。
おすすめのリソース・参考資料
書籍
- 『コーチング・バイブル』(CTIジャパン監修):コーチングの理論と実践が詰まった基本書。
- 『7つの習慣』スティーブン・R・コヴィー著:価値観と原則に基づいた自己成長モデル。
- 『1日30分で人生を変える習慣』ロバート・Y・フリードマン著:ジャーナリングや内省習慣に取り組みたい方へ。
テンプレート・配布サイト
- Canva:自己分析シートや人生設計マップなどのテンプレートが視覚的に作成できる
- Notion:日記・ワークシート・行動記録などを一括管理できるツール
- Googleドライブ:手軽に記入・共有できるExcelやDocsテンプレートの活用に便利
実際にツールを使う際のポイント
- 目的を明確にする
- 何のためにこのツールを使うのか、セッションの目的やゴールと接続させることで、クライアントの納得度や主体性が高まります。目的が曖昧なまま使うと、単なる作業に終わってしまうことがあるため、事前に「このツールから何を得たいか」を一緒に確認しましょう。
- 一度きりで終わらせない
- ツールは「使って終わり」ではなく、「使った後にどう内省し、次の行動にどうつなげるか」が最も重要です。セッション後の振り返りとして、記録をもとにした内省や、次回セッションへの接続を設けると継続的な変化を生みやすくなります。
- また、クライアント自身がそのツールを自宅でも使えるよう、フォローアップ資料や宿題として提供するのも効果的です。
- クライアントの特性に合わせる
- クライアントの思考パターンや学習スタイルに応じてツールを選ぶことも重要です。論理的な分析が得意な人には構造化されたフレームワークが有効ですが、感情中心のクライアントには自由記述型やビジュアル型のツールの方がフィットします。
- また、紙に書きたい人、スマホで記録したい人など、ツールの形式も柔軟に対応すると、活用率が上がります。可能であれば紙とデジタルの両方のフォーマットを用意しておくのがおすすめです。
まとめ|ツールは「気づき」と「行動」を加速させる起爆剤
コーチングにおいてツールは、クライアントの思考を深め、行動を促進するための「触媒」として機能します。ただの道具として使うのではなく、「対話」と「内省」との接点として使うことで、効果は何倍にも高まります。
どんなに優れたツールも、「なぜそれを使うのか」「どう振り返るか」が不明確であれば力を発揮しません。まずは1つ、自分やクライアントに合ったツールを選び、試してみてください。それが人生を動かす第一歩になるかもしれません。